プロフィール

2005年01月01日

某社労士事務所立上げに携わる!

■某社労士事務所立上げに携わる!


アウトソーシング会社で1年ほど勤務したころ、私をアウトソーシング会社に誘ってくれた先輩が、ご自身で独立され社会保険労務士事務所を立ち上げることになりました。


その立上げに際して手伝ってほしい旨声をかけていただき、二つ返事で行くことになりました。


私は先輩の社会保険労務士事務所の立上げメンバー&第1号社員、ということで実務処理をまかされるようになりました。


クライアント層は1名〜1000名と幅広く、有名外資系企業もあれば、上場企業もあり、5名以下の会社もある…といったあらゆる企業規模のクライアントさんを受託していました。
(私は何故か外資系クライアントさんを多く担当していました。)


業務改善や業務フローの形成、後輩の人材育成、また、労務コンサルティング会社


「有限会社プロフィットコンサルティング」


を一緒に立上げ、取締役として就任させていただいたりと、社会保険労務士業務以外のことについても経験させてもらい大変勉強になりました。


立上げ当初からお世話になっていた事務所でしたが、平成16年1月からはじめたコーチングによって、


自分が何をやりたいのか?

何に価値をおいているのか?

それを実現するにはどうしたらいいのか?


を常に考えるようになり、そのためには自分で独立して仕事をしたい!という結論に至りました。



慣れ親しんだ事務所を離れて1から自分ではじめるのは、とても勇気が要りましたが、思い切って決断しました。



こうして4年間お世話になった事務所を退職し、独立開業することになりました!

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アウトソーシング会社でビックリ!

■アウトソーシング会社でビックリ!


試験合格後も私は、引き続き東京・神田にある社会保険労務士事務所に勤務していましたが、ひととおりの実務経験も積んだので、修行の日々にもそろそろピリオドをつけたいと思ってました。



そんなとき、私がこの事務所に入社した時に入れ替わりで退職された先輩からお声がかかりました。



今現在ご自身が転職したアウトソーシング会社で人を募集しているので、応募しないか?というお話しでしたので、自分の実務経験を生かして新しい経験ができる!!・・・と転職を決意しました。



このアウトソーシング会社は1000名規模の大企業のクライアントさんをメインとした、社会保険・労働保険の手続き業務代行またそれに付随する業務に関する会社でした。



私はこれまではどちらかというと1人〜300人くらいの中小企業のクライアントさんをメインとして業務を担当しており、社会保険労務士の業務は一通り経験した!と自負してましたが、企業規模が異なることで、労働保険・社会保険の手続きはこんなにも幅広いものなのか!?とカルチャーショックを受けます…。



実際超有名な誰でも知っている外資系企業や一部上場企業などを担当させて頂き、当初はクライアント訪問時に


「こんな立派なビルで打ち合わせするの??」


と臆してしまうことも多々ありました。



それでも人間慣れるもので、大企業クライアントさんを担当させて頂いたおかげで、これまた度胸!と自信!がつきました。



そこであることに気がつきました。結局は外資系企業の方も大企業の方も同じ人事部で業務をしている方で、企業規模に関わらず根本的に悩んでいることは同じなんだということを…。

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ついに!社会保険労務士試験に合格!

■ついに!社会保険労務士試験に合格!


東京・神田の歴史ある某個人の社会保険労務士事務所では毎日悪戦苦闘のまさに「修行」の日々でした。


実務経験が積める・・・というメリットはありましたが、とにか毎日覚えることが多すぎて、平日はほとんど試験勉強に割く時間がありません。



心の中であせりながら、週末にまとめて勉強をする生活を1年続けました。



そしていよいよ2回目の社会保険労務士試験の日です。



社会保険労務士の資格試験は、1年に1回の試験で、すべてが決まります。この1年に1回の試験で今までの勉強の成果が問われるわけです。



絶対取りたい資格である社会保険労務士の試験、ということで、私はかなり緊張していましたが、実際試験が終わってみると、前回の試験とは異なり、不思議とかなりの手ごたえがありました。



そしてこの手ごたえのとおり、やっとこの2回目の受験で、念願だった「社会保険労務士」の試験に「合格」することができました。



もちろんうれしかったのですが、それ以上に本当に「ほっ」とした・・・というところが正直な気持ちです。



また、この試験合格は、私が中学受験失敗のときから抱えていた「試験本番に弱い」というトラウマをやっと克服できた瞬間でした。



自分で絶対なりたい!と思った「社会保険労務士」の試験に合格した、ということは、私にとって本当に大きな意味のあることだったのです。

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某社労士事務所での修行の日々

■某社会保険労務士事務所での修行の日々



転職を決意し、初めての社会保険労務士試験を迎える約1ヶ月前に退職することになりました。



正直試験勉強はあまりはかどっておらず、ラスト1ヶ月にすべてをかけ、勉強に専念することにしました。



しかし・・・初めての試験が終了したとき、「合格した!」という手ごたえはありませんでした・・・。



そのような状況で他の事務所への転職活動をスタートし、ちょうどタイミングよく求人が出ていた東京・神田の歴史ある某個人の社会保険労務士事務所に採用が決まります。



今度の事務所での業務は、担当者が担当するクライアントについて給与計算から労働保険・社会保険事務手続き・労務相談まですべてを1人で受け持つというシステムです。


社会保険労務士の仕事全般を早く経験したい!と思っていた私にとっては好条件でした。



「この事務所で経験を積んで、資格も取って、絶対に社会保険労務士になってやる!!」



と心の中で決意します。



この歴史ある事務所の方針は「仕事は教えてもらうのではなく、盗み取るものだ」というものでしたので、入社当初から責任のある仕事をまかされ、かつ、すべて自分で対応することになりました。



正直わからないことだらけで、仕事と格闘しながら毎日半泣き状態でしたが、わからないながらも自分で「やる」ことで、ひとつずつ自分の力になっていっていることを実感できる日々でした。



一方初めての試験の結果は、残念ながら「不合格」でした。



こうしてまた来年の試験に向けての受験勉強と実務経験を積むための新しい事務所での修行の日々が始まりました・・。

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某大手労働保険事務組合へ転職

■某大手労働保険事務組合へ転職


失業を余儀なくされた私は、ハローワークに通って「失業保険(失業給付)」をもらいながら地道にコツコツと就職活動
を始めました。



正直「失業保険(失業給付)」が何なのかも、退職後の健康保険や年金の切替など、全くわからないことだらけでした。



そこでふと思い出したのが、大学時代に名前だけは聞いたことがあった「社会保険労務士」という資格です。



『確かこういった労働保険や社会保険の専門家だったような・・・?』



就職活動中ハローワークで求人票を見ていると、「労働保険事務組合」の求人が目に付きました。さっそくこの「労働保険事務組合」に応募し、運良く採用内定をいただきました。


こうして全く未経験にも関わらず某大手労働保険事務組合兼社会保険労務士事務所にて働くこととなりました。


もちろん未経験だったので、当初は右も左もわからない状態でしたが、実際に実務をやるようになると、


「社会保険労務士の仕事っておもしろい!」


と思うようになりました。



なにより、社会保険の仕組みなどを説明した自分が、お客さまの役に立っている・・・ということをダイレクトに感じられ
ることに一番感動しました。



実務の仕事をおもしろいと思うようになり、「社会保険労務士」の資格取得へも興味を持つようになりました。そして早速某資格専門学校へ通うことにしました。



「自分自身が失業した時に全くわからなかった社会保険や労働保険について、同じようにわからない人へわかりやすくアドバイスできたら・・・。」



ところがここでひとつ問題があることに気づきました。



そうです。この「社会保険労務士」の試験こそ、私が今まで苦手としてきた、年に1回の「試験本番」をクリアしないと取れない資格でした。



正直中途半端な気持ちであったら資格を目指そうとは思わなかったでしょう。ただし今回の私は違いました。



過去のトラウマからくる不安よりもこの「社会保険労務士の資格を取りたい!」という思いのほうが強かったのです。



こうして本当の「社会保険労務士」になるための修行が始まりました。



資格取得を決意し、受験勉強と並行して引き続きこの労働保険事務組合に勤務をしていましたが、業務を始めて丁度1年たった頃、社会保険・労働保険の業務全般をより深く経験するために、他の社会保険労務士事務所への転職を決意します。


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アパレルメーカーOL時代

■アパレルメーカーOL時代


第1希望で入社したアパレルメーカーでは、「営業アシスタント兼ファッションアドバイザー」という肩書きで、事務所に
いる際には営業の方々のサポートを行い、繁忙期には有名百貨店へ販売応援に行ったりと、とにかく一生懸命!働きました。



ところが、ある時先輩たちから信じられない言葉を聞かされたのです…。



「この会社ヤバイかもよ…。」



正直新卒の私にはその「ヤバイ」度合いがどれくらい「ヤバイ」のか全くわかっていませんでした。



ところが、夏がきて、秋が近づき、繁忙期のクリスマス商戦を終えると、会社の状況が徐々にわかってきました。稼ぎ時のクリスマスの売り上げも、売上目標には全く届かないような状況なのです。



そうして年が明け、自ら又は勧奨され会社を去っていく人が徐々に多くなり、ついに新卒で入社した翌年の5月、会社が倒産してしまいました!



自分が行きたかった第1希望のアパレルメーカーに入ったと思ったら、あっという間に会社がつぶれてしまうなんて…。



社会に出てたった1年でまさか自分が「失業」するとは夢にも思いませんでした。



でも間違いなく私は「失業」してしまったのです。同級生はみんな他の会社で着々とキャリアを積んでいく中、1人社会から見放されてしまったような孤独感に襲われました…。



そして・・・



はじめて自分の意思でいきたかった会社の試験に受かって、自分のポジションを勝ち取ったのにもかかわらず、このような結果となり、自分の選択は間違っていたのではないか?と、再び自信がなくなりました…。

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はじめての就職試験

■はじめての就職試験


大学生活はのんびりと過ごしましたが、そんな私も4年生になって就職試験の時期が近づいてきました。

高校、大学と推薦入学で無試験できた私も、さすがに就職試験は推薦がありません。(当たり前ですが・・・(笑))。


就職試験は逃げることができない、という事実を認識し、とにかく片っ端から資料請求をして、会社説明会に参加しました。



最終的には大学時代に3年間アルバイトで渋谷の某ファッションビルにて洋服等の接客販売をしていた経験を生かしたいと思い、アパレルメーカーを第1志望に就職活動を行いました。



ちょうど就職氷河期にあたる時期でしたが、幸い第一希望の中堅アパレルメーカーで採用がきまりました!



じつはこの採用内定をもらったアパレルメーカーには私なりに思い入れがありました。



就職活動当初からこのアパレルメーカーに行きたい!と第1希望で就職試験に臨んでいました。したがってこのアパレルメーカーから内定をもらった時、私は、最終面接時社長の前で、うれしさのあまり泣き出してしまったほどです。



そうです。このとき初めて、自分の意思で行きたかった会社の試験に受かって、自分のポジションを勝ち取ることができたのです。


このときの私は中学受験失敗によるトラウマを克服した!といううれしさと、これから始まる楽しそうな社会人生活を想像し、希望に満ち溢れていました。



この後自分に起こることなど知る由もなく・・・。

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大学受験も免除!!

■大学受験も免除!!


はじめての女子高生活。部活動も活発に行い(ちなみにマンドリン部でした。)楽しい3年間でした。



ただ、大学受験がないかわりに、ほとんど通常の学校生活で行われる定期試験にて大学進学の基準が決められるため、コンスタントに勉強と定期試験の繰り返しの日々でした。



大学進学については、成績がいい人から推薦枠があてられます。



幸い自分自身が行きたいと思っていた法学部法律学科に希望がとおり、まさしく無試験で大学生活への切符を手に入れることができました。

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高校受験の実態

■高校受験の実態


さて、中学3年生になって、高校受験をしなければならない時期になりました。私の中では相変わらず「試験本番に弱い」という思い込みがありました。


そんな心配からか、試験当日失敗するかもしれないので、普段の中学校での定期試験の成績だけはコンスタントにいい結果を出していました。


そんなときにある大学の付属の女子高校の存在を知りました。



大学付属校ですので、高校時代に一定の成績をとっていれば、エスカレーター式で大学にもいけるというのです。



しかも、この付属女子高校に入学するには、中学3年時の学校の成績の基準が一定以上であれば、「推薦入学」ということで入学試験が免除されているのです。



すなわち入学試験を受けずに高校に入学できるのです!



「試験本番に弱い(と思い込んでいる)」私にとって、この女子高校の存在はまさしく神の助けでした。すぐにこの高校に入りたいと、両親や先生に話し、説得しました。



この女子高は当時でもめずらしく、自由な校風がウリで、楽しい学生生活を送れそうだったということを表むきの志望動機にしていました。



しかし、本当は「試験を受けずに高校に入学ができ、しかも大学受験も普段の成績がよければ、試験を受けずにエスカレーター式でいける」



という本当に単純かつ甘い動機がメインのだったのです。



私はなによりも苦手な本番の試験から逃げることができほっとしていました。

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かなりマジメな小・中学生時代

■かなりマジメな小・中学生時代


自分で言うのも何ですが、小中学生時代はまじめでした…。(今も必ず第一印象は「まじめそう!」と言われますが)。


勉強もスポーツもひと通りできるほうで、どちらかというと優等生、学級委員長タイプでした。


ところが小学校6年生のとき、今後の人生に大きく影響を及ぼす「挫折体験」(?)があります。


そのときの私は、両親の薦めで地元の公立中学校ではなく、ある私立中学校へ入学するために塾に通っていました。いわゆる中学受験です。



今では小学生でも塾に行くのも当たり前なのかもしれませんが、当時はあまり塾通いをしている子はおらず、小学校が終わったあとに1人で塾にいくことに多少抵抗感がありました。



それでもあこがれの私立女子中学校へ通うことを夢見て勉強をしていました。



いよいよ受験シーズンの冬が到来し、今までの勉強の成果をみせるとき!という試験前日のこと。突然体調を崩し、高熱にうなされました。



そうです。本番前日になって緊張のせいか、体調を崩してしまったのです!!



翌日の試験は散々でした・・・。



もちろん熱は下がらず、それも試験ができなかった理由の一つだとは思います。ただ・・・はっきりとは覚えていないのですが、もし体調が万全であっても、あまり手ごたえを感じることができなかった試験だったと記憶しています。


おそらく、単純な実力不足だったんでしょう。


それでも当時は


「体調を崩したから試験に落ちたんだ!!私の実力のせいじゃない!私ってばなんて試験本番に弱いんだろう?」



と「自分は試験本番に弱い」という思い込みを作りだしてしまいました。



自分の実力不足を認めたくないがために…。



そしてこの中学受験失敗の経験は、この後長い間、私の中での一つの「トラウマ」となってずっと心に残ることとなります。



このあと地元市立中学校に通うことになった私は、中学受験失敗の経験が恥ずかしいやらで、できるだけ目立たないようにひっそりと学校生活を送ろう!と心に決めます。



目立つとロクなことがないから・・・と中学受験の失敗を隠すように・・・。

syaroushi_coach at 00:01|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)